iso tank

はじめて Vista をまともにさわったよ

確か農業会計ソフト(ソリマチだ)が PC 上から消えたとかそういう理由で我が家に Vista 入りノートパソコンが届いた。「直してくれ」とのことだ。"なくなった"のに?

まぁせっかくの機会なので Vista を触ってみる。実はろくに触ったことがない。

まず真っ先にコントロールパネルを開きたいと思い、Windows キーを押して C を押した。

何も起こらない。

仕方がないので「コントロールパネル」をいまいましいマウスでクリックし、コントロールパネルを開いた。

その後は色々だった。アレがない。コレがない。よく覚えてない。とりあえずデスクトップを右クリックすると一番下に"個人設定"なる項目があった。いかにもアカウント設定か何かに見受けられたが、後ろに "(R)" とついてる。もしやと思いクリックしてみると、ああ、これは Vista 風「画面のプロパティ」だ。

とりあえず「テーマ」の中に"Windows クラシック"がある。切り替えたくなってしまう衝動と約 2 分格闘する

また何か色々やって、飽きたので Windows Update だけしてやめることにした。Windows キーを押して U を押したら何か開いた。何かの見間違いだったことにし画面を閉じて、Windows キーを押しながら U を押したら「なんちゃら操作なんちゃら簡単なんちゃら」とかいう画面が開いた

その画面を 1 秒も見ないうちに閉じると、いつものようにデスクトップを 1 回クリックして ALT キーと F4 を押して Vista を終了した。

なんだっけ。簡単? かんたん、ねぇ。

3 台の PC

おいらの部屋には今、3 台の PC がある。

1 台はおいらが一番最初に組み立てた自作 PC。 マザーボードは往年の名機 440BX で、不平一つ漏らすことなく黙々と働いてくれていた。 「鉄板」とはまさに 440BX のためにある言葉だと思う。不具合一つ発生しないし、未だに元気。 そんな 440BX は最近 Gentoo Linux のインストールに失敗し、ほったらかし気味となっている。

もう 1 台はいわゆるキューブ型ベアボーン。 親父がノート PC 買いたいとか言いだし、どうせ運び出すことはないと踏んでこれを買い与えたのだが、突っ返されて現在に至る。 最近は OpenBSD をインストールして遊んでいる。マザボが謎い。

そしてメイン PC。マザボは D975XBX。高かった。10 年くらい保つんじゃないのというくらいの高性能ぶり。

1 台は Win、1 台は Linux、1 台は Unix。

これでいいよね?

三度三度のあじのもと

よーく見てみよう

<友人A> 08-08-05 「 ハッピーサマープログラム 」3nd Programスタート!

<友人A> ・_・)… 3nd

>俺様< Lupin the 3nd

<友人B> 3rdじゃなくて3nd

<友人B> ろくなやつのこってないのか。。。ごんぞっぞ

>俺様< ネタだといってよごんぞ

>俺様< 4の時も

>俺様< 4rdとかするんだよね!?

<友人B> 4nd!

<友人C> ちゃう

<友人C> 3んd

<友人C> は

<友人C> MOEの伝統

<友人C> だから正解

<友人C> RAんときのベータテストとかで

<友人C> 3ndテスト

<友人C> ってまちがえたんだよ

<友人C> んで、それからRAとMOEは

<友人C> サードを3ndにするっていうお約束がある

>俺様< そーなのか・・・

そーだったのか・・・

幼馴染み

ウチと隣の家は親戚である。

これ世間の人に言わせると「隣の家と親戚とかって、あるんだ・・・w」となる。そーですよ、あるんですよ斉藤(仮名)さん!

説明すると、うちのひいおばあちゃんが隣の家のおばあちゃんと姉妹。隣の家のひいおばあちゃんが、こっちの家に嫁いだのだ。となると? うちのおじいちゃんと隣の家のおとうさんが従兄弟であり、うちのおとうさんと隣の家のお子さん(つまり俺と同年代の人)が又従兄弟である。

昔ってほら、6人兄弟とかザラだったわけですよ。ね? そうなると長女と末女の年齢差は推して量るべし。場合によってはちょっとヤングな親子ぐらいの年齢差が生まれるわけですよ。

で? そうなると? 昔からひいおじいちゃんとひいおばあちゃんは隣の家同士だった。では? あれ? これっていわゆる「幼馴染みシチュ」ですよね。あれあれ? 都市伝説じゃなかったの? どうなってるの?

僕の高校時代

今回はちょっと自尊心に満ちた昔話をしようと思う。

ぼくが自宅で使っていた PC-9821 model S1(いわゆる9821マルチ)は MS-DOS 3.30B と一太郎 Ver.4 のフロッピーディスクを2台の FDD をガシャガシャ駆使して使っていて、学校で使っていた PC-9821(型番は忘れた)は MS-DOS 5.0 くらいで最新式の HDD なるトンデモない記憶装置を搭載し、これまた最新式の一太郎 Ver.5 for JustWindow を惜しげもなく HDD にインストールしていた。そういう時代である。

多分なんだけど、田舎の農学校としてはなかなかに良いPC環境だったのではないかと思う。教員室には C、COBOL、FORTRAN などの(当時はまったく意味がわからなかった!)プログラミングソフトが大量に並んでいて、僕は足しげく教員室に通いそれらパッケージの箱を眺めては「先生、僕にプログラミングを教えてください!」と頼み込んだものだ。3年間。結局教えてもらったのは BASIC だけだった! おかげさまでファミリーベーシックとあわせて BASIC には詳しかったかもしれない。

そんな好環境であったにも関わらず、授業の内容は「ワープロの使い方」と「表の作り方」だった。ワープロに関しては家で一太郎を使い倒していたので授業はほとんど退屈だった。ただ、Lotus 1-2-3 は使い方がよくわかっていなかったので、授業で覚えたのがほとんどだった。それでも退屈だったので、授業中は先生の目を盗んで MS-DOS をいじり倒していた。config.sys や autoexec.bat を書き換えてはあーでもないこーでもないと頭を悩ませ、時には脳天に鉄槌が下りた。

だが授業で「タッチメソッド」が登場すると、もっぱらそれの習得に時間を費やした。というのもそれまで「一本指打法」だったからだ。それでも僕はワープロの入力速度に関しては学年順位でも一桁をキープしていた(ワープロテストなる試験があったのだ)のだが、タッチメソッドできる先生がちょっとかっこいいと思って真似しようと思ったのがそもそものきっかけだったように思う。

おかげで一時的に入力速度はとんでもないほど落ち込み、平均的なところを行ったり来たりするようになった。だが、楽しい楽しい修学旅行の最中でもバス移動の時間になると紙にプリントしたキーボードを膝の上に広げてはタッチメソッドの練習をした。「むかしむかしあるところにおじいさんとおばあさんがすんでいました」。

半年もするとめきめきと速度が上がり、気がつくと先生よりも高速でタイピングできるようになっていた。タイピングに関して僕の右に出るものはいなくなった。当時あったワープロ検定で、10分間で700文字くらい入力できるのは僕だけだった。

高校二年か三年か忘れたが、ある時、他校の生徒を交えて「ワープロ大会」なるものを開催することになった。確かあれは表つきの文書を作るのとある計算結果を打ち出す表を作るのがあったと思う。ようするに一太郎と Lotus それぞれの試験があったように覚えている。大会に向けてキータッチの練習は入念に行ったし、数式についても色々学習した。

しかし大会当日の驚愕は、今でも明確に思い出せるね。他校の生徒らが持ち寄ったPCはなんとWindows95を搭載していた! そればかりでなくワープロソフトは Word で表計算ソフトは Excel だった(この時初めて、ワープロソフトや表計算ソフトに一太郎と Lotus 以外の選択肢があることを知った)。白と水色の、空のような画面を見てなんか派手というか「ケバい」という印象をまず持った。 そしてマウスがついていた! 彼らはあろうことかあの、使えない、邪魔以外のなにものでもない、あのマウスを使って僕らと戦おうというのだ。僕は必死になってワープロと表計算の中の一体どこにマウスの出番があるのかを考えた。

一太郎は、入力や他の操作を行っていない状態でESCキーを押すことでメニューが開く。そして、たとえば罫線を引きたい場合は、そのまま「K」キーを二回押すのだ。するとカーソルが罫線を引くためのそれに変わり、Returnキーと十字キーで簡単に引くことができる。Lotus1-2-3 は「/」キーでメニューが開いて操作できるし・・・つまるところ、キーボードで簡単に操作できないものは何一つなかったのだ。そして僕は彼らの練習光景を見た。なんと、罫線をマウスで引いている! その上、メニューをマウスを使って開き、セルをマウスを使って選択していたのだ!

僕は度肝を抜かれた。全く考えもしなかったインターフェースとかアプローチとかが目の前にある。が、しかし、よくよく落ち着いてみるとそれは確かに驚愕に値したが「で、それって速いのか?」ということになった。結果だけいうと僕の圧勝だった。直接的な勝因は、僕の方が彼らより二倍近いテキストを打ち込んだからだ。それと、画面上部のメニューにカーソルを持っていくよりESCキーを押した方が速かったし、マウスで罫線ボタンを押しマウスで表を引くよりESCキーを押してKボタンを二回連打し始点と終点を指定した方がまだ速かったのである。だけど、セルの選択はマウスの方が圧倒的に速かった。僕は一位だったが、二位からしばらく下はWin95組がしばらく続き、僕はこの日、時代の変わり目を感じた。

現在、ほとんどのインターフェースはマウスを補助的にあるいは主体的に使用する。実を言うと僕はいまだにこのマウスというものが好きになれないし、Word より一太郎の方が好きだ。が、あの時確かに Excel は Lotus1-2-3 に一つの点において勝ったし、それは同時に一太郎の敗北をも意味したのかもしれない、と思っている。

マウスはキーボードと違いたくさんのキーを覚える必要もなければ、専用のタッチメソッドという困難な入力方法も覚える必要もない。そしてそれを生かすように作られた Word と Excel。これは明らかにインターフェース面の大きな勝利だったのだと思う。未だに Word の動作には「ねーよwww」って思わされるけどね。