疑惑の集落(一)
〔私生活〕 2007/07/25 11:50 3 Comment ツイート
ある小さな集落が集まったある小さな村がある。そこにはただ田園風景と萎びた建屋と山の緑色と空の青があるだけで、 そこに住む人々はある者は田を耕し、ある者は山に入り、ある者は町へ働きにでかける。だけ。
小さな幾つもの沢と大きな幾つかの沢が入り混じり、川沿いにというよりは山沿いに、幾つかの集落が点々というよりは 縦か横に細長く延びている。
昔は沢の奥の奥にまで集落は延びていたが、近代に入って徐々に沢奥(さわおく)の家は消え、今あるのは だいぶ沢下(さわしも)の家ばかりと、古い老人たちは言う。
ある時、沢の奥におかしな集落がある、と口にした者がいた。 その時は只の笑い話、冗談にしか聞こえなかったが、日を経るにつれその話は次第に真実味を帯びた。
その男は、その集落の中では、どちらかといえば若者のほうだった。
「沢の上手におら家(え)の山があんだけどよ、隣の山に家が建ってんのよ。ありゃ、あるわけねぇって よっく見てみたら、他にもなんぼかあるんだ。あそこはとっくの昔なくなった×××沢の集落のあったあたりじゃねぇかな。 あそこに昔住んでた人は、もうみんな年取って死んだって聞いたんだけど・・・孫でも移り住んだんかね?」
老人たちもその話を聞き、確かに、かつての×××沢集落があった場所らしい、と言う。 しかし、かなりの沢奥で、家などとっくに雪で潰れてなくなったはずだが・・・とも付け加えた。 家は真新しかったという。
噂は静かに広まった。
曰く、どこぞの芸術学校の生徒が学習の一環で移り住んでいる。
曰く、ある実業家がリゾートとして開発した。
曰く、医薬品製造会社の研究施設らしい。
曰く、とある宗教集団が移り住んできた。
噂は噂でしかなく、流れては消え、消えてはまた流れる。しかし噂が途絶えることはなかった。
誰も、見に行こうとする者がいなかったからだ。我々は穏便平和であり、何事も無ければ良いのだ。 見に行こうと沢奥に入って――万が一にも――誰かが帰ってこない、などという事は、ない。はずだ。
沢奥の集落には触れない、という暗黙の了解が流れた。噂のみが勝手に一人歩きするのは当然のことであった。
ある日、一番最初にその集落を発見した若者に尋ねた者がいた。
『おかしな集落』と言った。ただの『集落』なら解るが、『おかしな』とはどのように『おかしかった』のか?
「おかしな建物があって、その周りに家がポツラポツラと建ってたのよ。なんかやたらでっけぇアンテナ?ついててさ。 窓のとこチラっと見えたんだけど、なんか試験管とかビーカーみたいなのが並んでたしよ」
その話を聞いた老人は、これはいよいよ確かめねばならん、と思ったのか、一人の男に「使い」を頼んだ。
その男は好奇心旺盛ではあるが臆病なところがあり、常々見に行くか行くまいか悩んでいたが、偶然にも老人から頼まれ、 「頼まれた」という大義名分で臆病さを押し殺し、ドラマのような展開を心に描きながら沢奥へ向かった。
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