iso tank

青い瞳

昨日の記事に書いた「出羽桜酒造の一耕のCMに使われた曲」の本当の名前がわかった。 "Ojos Azules"(青い瞳)という名の、いわゆるフォルクローレに分類される 曲らしいです。フォルクローレとは平たくいうとラテンアメリカの民俗音楽っぽい音楽のことを指すそうですが、 ソレについてくわしく言及するつもりは毛頭ありません。いい曲だから、いいのだ。 ちなみにyoutubeあたりをこの単語で検索するとえらい面白いものが出てくる。

さて、MoEアニメが放送開始されました。知ってました? 知ってました?  ん、楽しいかと訊かれれば「自分の目が線になってゆく感覚を味わえます」と答えることに している。こう、すーッ。みにョーん、って。すーッ。みにョーん。味わうがいいです。 いや、良いとか悪いとかではないですよ? でも俺は久々にMoEログインしたです。 久々にMoEやろうかな。

新ジャンル「萌え東北弁」

今日のみつを

やれなかった やらなかった どっちかな

さて、今日は雪がモッサモッサ降っております。雪かきイヤです \(^o^)/

ティンホイッスルまじ楽しい。最近はLough Erin Shore以外にもZABADAKの "Tin Waltz"、あと地元ネタで出羽桜酒造の「一耕」のCMの曲とか・・・ あと最近、前よりちょっとまじめにCの勉強はじめました。むずいけど面白いわー、 なんかアルゴリズムの本買ってきたりして読んでたりしてます。dijkstraとか。 最近色々と目が向くしやりたい事がでてきますな。(∵)

とりあえず荻チン萌え。荻上のあの東北弁はデフォルメされた「萌え東北弁」 とでもいうべきなそういったものであると思う。ほんますらっしゃ。

少しずつ

そうね。ま、少しずつ。(∵)

最近、げんしけんとか見たんですね。オタクであることをカミングアウト できなかった主人公?の笹原とか、腐女子である自分自身を強烈に否定する荻上とか、 オレはオタクだ、と言い張りつつやっぱりちょっとビクビクしている他の面々だとか、 そういうのを見てたらふと、なぜかエースをねらえ!を思い返したりする。

「げんしけん」も「エースをねらえ」も、すごく考えさせられた漫画ではある。 というか俺は漫画オタクである。漫画から得られるモノは大きい。しかしその中でとりわけこの二つだけは他の漫画と印象が違った。様々なモノにコンプレックスを抱えて走っている 俺の心の琴線に触れた。

俺はオタクである。しかしソレを周囲に(明確には)打ち明けることなく、ここまで生きてきた。 しかし俺の体からにじみ出る俺オタクですよオーラにより俺はサトラレ状態なのである。 それでもなお「周囲にはバレていない」と一面では思っている。そんな自分がいるのだ。

ふと「山月記」を思い出してググった。自分自身の「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」 により周囲と馴染めずに煩悶し、とうとう気が狂い人食い虎となってしまった男の話である。 俺はこの男(名は李徴という)に「お前は俺か」とツッコんだことがある。というか今なお ツッコみ続けているのかもしれない。そうだ。お前は俺か。欧米か。話がずれた。

とにかく俺はあらゆる自分より秀でるものにコンプレックスを抱いている。弟からはじまって、 息子にすら尊敬されている父親、自分より仕事がデキる先輩共、女性とマトモに話ができる (そしてモテる)後輩、結婚目前の同僚。これは近しい人のみのほんの一例である。 実際はもっと多い(多分)。最近はおそらく、秋葉原を練り歩くオタクたちにすら コンプレックスを抱いている気がする。これは無いものねだりかと言われれば実行可能だと、 為せば成る 為さねば成らぬ 何事も成らぬは 人の為さぬなりけり (やろうと思えばできるんだよ、やらなければ何も始まらないよ、何もうまくいかないと 思っているのは、やろうとしていないからだよ、の意。上杉鷹山の句)とたしなめられる。 まったくもってそのとおりでございますだと思うだす。しかしそのゼロとイチの差に悩む。 そして成らぬ。為さぬ。

ふと、思ってみた。自分を欠点だらけだと思っている。他人より劣っていると思っている。 しかしその実、そうは思っていないフシがある。

ふと、思ってみた。変えよう変えよう、無くそう無くそう、と思っていてもそれは一向に成らない。

それはつまり自分を一生懸命否定しようとしているからではないのかと。

自分を認めてみよう。尊大な羞恥心も臆病な自尊心も、吐いた嘘も、劣等感も。 「自分ではない自分」など、何一つないと、その上で自分を隠すことをやめようと。 それで人食い虎になる事も、厭いはしないと。

例え三日経って忘れようと(∵)

追記

今ふと首を左に向けてみたら、月間カレンダーの他に小さな日めくりカレンダーを発見。

なやみはつきないな生きているんだもの

赤いハンコで”み”と書かれているそれはどうみても日めくりみつをカレンダーです。 ほんとに今までさっぱり気にしなかったので、今気づいてすごいビックリした。

なんだかサブリミナル的な作為を感じたりもしながら、これから新年会です。

謹賀新年

あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

で、

えーと…マァ、元旦になんか書こうと思ったんですけれど、なんか年末あたりから テンションがバッキバキにおかしくなっておりまして、年が明けたらテンションさらに ボッキベキにおかしくなってるんです。

書けること書きたいことは色々あるはずなんですけど、もう何書いたらいいのやら・・・ このトシで情緒不安定とか、もう、シャバい? シャバいですよ。

ま、がんばります?

Buffalo buffalo Buffalo buffalo buffalo buffalo Buffalo buffalo

昨日行った楽器屋は、店員に「え、あなたが音楽とかするんですか?w」みたいな顔されたので ムカついてかろうじてチューニングメーターだけ購入してきた。

ごめん嘘、実は「接点復活剤”ナノカーボン”」なる商品が売ってあったので一個買いました。 (これがあと14個あれば・・・)とか思った。マジで思った。 15個になったからどうなるというんだ。落ち着け。いや落ち着け。いやいや本当に。

で計測してみたら穴のピッチがバラバラだということは解った。しかしどうしようもない上に 俺の吹き方も下手な上にあんまりやってたら耳がおかしくなりそうだったので 今日はこんなところで勘弁してやった。隣の人に怒られたと言い換えることもできる。

さて、話は変わりいんたーねっとの中でこんな面白い言葉を見つけた。

”こんな”とはつまり表題を指すのであって、すなわち Buffalo buffalo Buffalo buffalo buffalo buffalo Buffalo buffalo.のことである。

バッファローマンがどうしたって? いやいや聞けよ、これは8人のバッファローマンが 体に何がしかの痣を持つとかそういう話ではない。これはコレ一つで一文を成すのだという。 つまりこの8人のバッファローが登場する物語はエゲレス語の文法上正しく解釈することができ、 エゲレス語として正しいのだそうだ。

見つけたのはスラッシュドット ジャパンこのへんの記事のコメント

さて検証しよう。まず三ヶ所の”Buffalo”の頭字が大文字なのに着目する。 この大文字バッファローは”バッファロー市”を指している。そして大文字バッファローの次には 必ず小文字バッファローがくる。この小文字バッファローはそのまま”牛のバッファロー”と解釈する。 つまり、この文中には「バッファロー市の牛」が三回出現する事になっている。これらの牛が 同一人物いや牛物かどうかはさておき、この三体に”A””B””C”と符合をつけ分別する。 別に”ホップ””ステップ””ジャンプ”でも”今日も””元気に””やってます”でもいいだろう。

残る二つのbuffaloは”牛のバッファロー”から転じた意味であると思われる”脅す”とか ”脅かす””威嚇する”といった意味に解釈する。

つまり、訳文はこうなる。

『Buffalo市の牛(B)に脅されているBuffalo市の牛(A)が、Buffalo市の牛(C)を脅す』。

で、

だからなに?って話。さー昼寝昼寝!